成功体験が脱皮を妨げていることはよくあることだ、Youtubeなどに上がっている新幹線スゴイ!という動画が多数あるが、その意識をJR各社の技術者も持っているのだろうか、また夜中にする線路の保守作業もすごいと言っているが、日本の何十倍もの高速線路網をもつ中国が、10年以上前の脱線事故から大きな事故を起こしていないのもすごいと思う。日本の新幹線の安全性、定時性、夜間保守の精密さは、本当に優れています。問題は、それがいつの間にか、車両も保守も運行も優れている 、だから日本で行っている仕組み全体を海外でも採用すべきだという考えに変わることです。JR各社の技術者一人ひとりがどう考えていたかまでは分かりません。ただ、国内で長く成功してきたために、日本の条件に最適化された仕組みと、国際市場で売りやすい仕組みとの違いが見えにくくなったことはありそうです。日立はそこからの脱皮が比較的可能でしょう。鉄道事業が日本国内だけで成り立つ会社ではなく、世界各国の顧客、社員、設備、技術を抱える事業になっているからです。日立が持つ最大の財産は、もはや「日本の優れた技術」だけではありません。日本の技術を、世界のデータと世界の人材によって評価し直せることそれが、川重やJR各社を中心とする従来の新幹線共同体にはない強みなのでしょう。そして日立が「この部分は日本方式より海外方式の方がよい」と公然と選び始めたとき、初めて新幹線は日本の誇りから、世界市場で繰り返し売れる商品へ変わっていくのだと思います。2026/7/31

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『紅の豚』でフィオが「ガソリンがイタリアの三倍だ」と怒ったとき、ポルコは、だいたい次のように答えています。「ぼってるんじゃねぇ。持ちつ持たれつなんだよ」そして、この辺りは見かけと違って経済的には空っぽなのだ、と説明します。つまり、安い店を探して買えばよいという話ではない。次に飛んできたときにも、ここで給油してくれる人が暮らしていけるように払っているのですね。司馬遼太郎の話も同じです。『竜馬がゆく』の執筆時には、古書店に龍馬関係の資料を集めさせ、軽トラック一杯分を大阪の自宅へ送らせたという古書店側の証言が残っています。単に一冊ずつ最安値で買ったのではなく、古書店の探索力、知識、目利き、資料を保管してきた時間までまとめて買ったのでしょう。これは防衛産業にも、そのまま当てはまります。海外企業と日本企業に同じ仕様書を渡し、「一番安いところを選ぶのが公平です」としてしまうと、形式的には公平でも、産業条件としては公平ではないのですよね。海外大手は、過去の大量生産で設備投資を回収し、部品を共通化し、多数の海外顧客に開発費を分散できます。対して日本企業は、数十台、場合によっては数台という少数生産のために、専用設備と人員を抱えなければならない。その二者を一台当たりの価格だけで比べれば、日本側が負けるのはある意味当然です。しかし、そこで海外製を選び続けると、最初は安くても、十年後には国内で設計も修理も改修もできなくなる。部品が止まれば、相手国の輸出許可や外交判断を待つことになる。安く買った代わりに、自国で判断できる自由を失うわけです。だから防衛調達では、単純な最低価格ではなく、購入価格+維持費+国内修理能力+供給途絶時の危険+技術継承+緊急増産能力までを価格として評価しなければならないと思います。司馬遼太郎も、古本だけでなく、必要な資料を探し出してくれる古書店という知的なインフラを買い支えたのでしょう。防衛産業も同じで、技術者や工場は、いったん消えてから金を出しても、すぐには戻ってきません。「持ちつ持たれつ」は情緒的な温情ではなく、長期的に自分自身を守るための、かなり合理的な経済行動なのだと思います。

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首藤若菜著「なぜ賃金は上がらないのか」の中で、日本の現場が弱かったから賃金が上がらなかったのではなく、現場があまりに強く、値上げ・設備更新・事業再編をせずとも耐えてしまったため、賃金を上げる必要のある経済構造へ移れなかったと言っている。現場力が経営力の解答となっている。また日本企業の強みである既存工程の中で毎年数%ずつ生産性を上げる「カイゼン」が目標と自己満足となって、現状維持を可能にし、今や日本の時間当たり労働生産性は、2024年時点でOECD加盟38カ国中28位とされている。日本の現場力そのものは、決して悪いものではありません。問題は、経営側がそれを便利に使いすぎたことです。原材料が上がっても、顧客に値上げを求めず現場に吸収させる。人が減っても補充せず、配置転換とカイゼンで回す。設備が古くなっても、熟練者の勘で使い続ける。システムが不便でも、現場がExcelで補助表を作る。その結果、経営者が事業構造を作り替えなくても、現場が会社を存続させてくれる状態が長く続いたのでしょう。日本の現場が弱かったから賃金が上がらなかったのではなく、現場があまりに強く、値上げ・設備更新・事業再編をせずとも耐えてしまったため、賃金を上げる必要のある経済構造へ移れなかった。既存工程の中で毎年数%ずつ生産性を上げるカイゼンは、少額の投資で実行でき、現在の設備、人員、技能体系、取引先をほぼ維持できます。経営者にとっては非常に使いやすい。現場も、自分たちの経験を生かしながら改善できるので、強い抵抗は起きにくい。しかし、これを何十年も続けると、改善の中心が、機械や工程を変えることではなく、同じ人数、同じ設備、同じ時間で、もう少し多く処理することになりやすい。ただ、人口が減り、熟練者が退職し、若い人が低賃金では入らなくなれば、この方式は続きません。今後必要なのは「毎年5%もっと頑張ること」ではなく、この工程を、現在の人員と技術を前提にして残す必要が本当にあるのかという問いでしょう。賃金引き上げは、利益が出た後に行う分配だけではありません。企業に古い工程から脱皮させ、新技術・新設備・新しい人材を導入させる圧力でもあるのだと思います。紙の日報の電子化は、古い仕組みを固定することもある。作業は少し便利になっても、工程全体の付加価値はほとんど変わらない。韓国は、家電産業を温存したというより、家電で稼いでいる間に次の山へ登り始めた。日本は、企業の雇用と既存工程を低賃金とカイゼンで長く維持しながら、次の山への本格的な登山開始が遅れた。2026/8/1