生物の不思議な生態(『破壊する創造者』ウィルスは敵か味方か)

『破壊する創造者』の第一章「ウィルスは敵か味方か」より

「エリシア・クロロティカ」という生き物がいる。木の葉のような形をした美しいウミウシである。
アメリカ海岸の塩沼に生息している。北はカナダのノバスコシア州から、南はフロリダ沿岸地域の暖かい水の中にいて、分布域は非常に広い。その名からも想像できるとおり、緑色で、半透明の身体をしている。少し黄色味がかった緑の部分をひらひらと優雅に動かして泳ぐ。これは、生物的にはウミウシにとって足の延長のようなものと考えられる。この生き物には不思議な性質があるが、それは色に表れている。エリシア・クロロティカは、「植虫類」と呼ばれる生物の一種なのだ。「植虫類」というのは、植物と動物、両方の性質を併せ持った生物である。19世紀の終わりに、英国の生物学者、フレデリック・キーブルがつけた名前だ。ただ、不思議なそれですべてではない。この風変わりで美しい生き物には、さらに驚くべき特徴があるのだ。少々恐ろしい、しかし示唆に富む特徴が。それを知るためにには、エリシア・クロロティカが実際に暮らす沿岸部に行き、興味深い生態を詳しく見てみなくてはならない。
この雌雄同体生物の一生は、春の暖かさの訪れとともに始まる。あらゆるものが眠りから覚め、動き出すような時期だ。その頃、汽水の中に卵塊が産みつけられる。一週間ほどすると卵がかえり、幼生が姿を現す。幼生たちは次の数週間、その場で泳いで過ごす。海岸湿地で、プランクトンが多数集まっている場所だ。泳いでいる間、幼生たちは、ずっとヴァウチェリア・リトレア(Vaucheria litorea)という藻類の緑の糸状体だけを探し求める。見つかれば、幼生たちは、それに付着し、そこが彼らの居場所になるのだ。
小さなウミウシへの変態もそこで完了させる。変態が終わると、エリシア・クロロチィカはすぐに付着していた藻類を食べ始める。細胞壁を破り、細胞の中身を吸いだすのだ。ヴァウチェリア・リトレアは木の葉に似た緑色をした藻類で、細胞の中には、一般に「葉緑体」と呼ばれている楕円の細胞小器官が詰まっている。
ウミウシは、細胞の中身を吸い出した後、葉緑体と他の部分を選り分ける。そして、葉緑体だけを、消化管の内側にある特殊な細胞の中にしまい込むのだ。その後、消化管は拡大し、いくつもの枝分かれして、成長を続けるウミウシの全身に広がる。これによって、貴重な葉緑体は、表皮の直下の融合層と呼ばれる部分に送られることになる。
葉緑体で「満腹」になったウミウシは口を失い、その後は生涯、太陽エネルギーだけで生きていく。必要なエネルギー全てを、藻類から取り込んだ葉緑体によって得るようになるのである。木の葉そっくりの身体の中に、無数の豆電球が埋め込まれているように見える。その豆電球は日光を浴びると、緑色に光るのだ。
取り込まれた葉緑体は、ウミウシが生きている限り、日光からエネルギーを取り出し続ける。その間、葉緑体は自らを維持するためのタンパク質を必要とするはずである。タンパク質の供給を続けるには、そのための遺伝情報が必要になる。本来、遺伝情報を持っているのは、藻類の細胞核である。では、すでに藻類の細胞核から切り離されてしまった葉緑体は、ウミウシが生きている9カ月の間、どうやって生き続け、機能し続けるのだろうか。

実は、進化の過程で、重要な遺伝子が藻類の細胞核からウミウシの細胞核に受け渡されたのだ、ということが現在ではわかっている。どうやらこれには、ウィルスが関与しているらしく、その証拠も集まり始めている。

再び春が来て、エリシア・クロロティカの命が終わる頃のことだ。卵を産みつけが終わると、その直後に大人のウミウシは病気になり死んでいく。それまでおとなしかったウィルスたちが急速に増え、あらゆる組織、器官に充満するからだ。この時、ウィルスはにわかに性質を変え、ウミウシの身体を攻撃することになるのだ。

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