トランジスタ誕生(伊藤乾『失敗とは落ち込むのではなく真摯に向き合うもの』)
JBPressでの伊藤乾氏の投稿がおもしろかったので、一部掲載
バーディーンとブラッテンは、このあとさらにいろいろ試行錯誤を繰り返します。そこに第2の「事故」が襲いかかります。誤って半導体の表面に、絶縁体を挟まずに直接金属が接してしまったらしいんですね。細かな細工をしているとき、ハンダ鏝かなにかの作業で・・・。
ブラッテンが不器用で本当に良かった。この事故がなければ、トランジスタはこのタイミングで発明されておらず、今日のような電子情報通信社会の到来も少なくとも数年程度、到来が遅れていたかもしれません。
ともあれ、愛すべき不器用なブラッテンの重なる失敗で、金属電極が直接、半導体に接してしまったんですね。で、仕方なく、解けちゃった金属やらな にやらの塊のすぐそばに探針・・・測定のための針状の電極、プローブですが・・・を突き立てたら・・・流れちゃったんですね、大電流が。
「点接触トランジスタ」が偶然できた瞬間だったわけですが、このとき、「金属が半導体に直接くっついちゃったかもしれない・・・」というブラッテ ンの正直な報告を聞けば、「金属が直接くっついたら電気が流れた? 当たり前だろ、そんなもん。あほくさい・・・」と言いそうな年下の管理職ショックレー を無視して、現場の2人は実験を続けた。
実験家ブラッテンの、失敗を含む正直な実験パフォーマンス、そして常に実験室にいて事態の推移を見守っていた現場の理論家=現象論のスペシャリスト、バーディーン。
「もうちょっと待ってみよう、きちんと調べて、ものごとが分かってから先に進もう・・・」。言ってみればバーディーンは、常に楽員や歌手とともに リハーサル室で汗を流し続ける副指揮者の仕事をする作曲家のような立場で(というのは僕自身が20代にやっていた仕事なので、バーディーンへの思い入れで 勝手にそう思うわけですが)、コンセプトではなく実際に起きている現象を精査しようとしたわけです。
バーディーンというコンダクターを得て、実直な現場のプレーヤーであるブラッテンは、若いリーダーに隠れて2人だけの実験を続けた。そして点接触トランジスタの確実動作を確立したわけです。
正確な実験に失敗なし
大学で行う学生実験でよく、失敗しちゃったけど黙って先生には報告しない、というやつがいますが、これはダメですね。また失敗したという学生に、 お決まりの結果を追認しろ、と怒るような教官・・・は少なくないかもしれないけれど・・・は、科学者として二流、三流以下と思います。
こういうときは、怒っちゃだめなんです。一流の仕事は、常に、目の前で起きていることをまず正確に知り、そこで可能な限りの物理を考え、確実に測定すること・・・それに尽きます。
物理学科時代の私の指導教官、小林俊一先生に「正確に測定された実験には失敗はないんや」という素晴らしい金言があります。目の前で起きている事 柄が重要。そこにはアクシデントがあるかもしれない。そういうすべてを忍耐強く、ありのまま見据えながら、現象の本質をつかみ出す。
それがバーディーンの取った態度で、その結果まず、典型的な「現場仕事」点接触ダイオードの発明によって、ジョン・バーディーンは9年後、1回目のノーベル物理学賞を受けることになります。
しかしバーディーンとしては、これは即興というか、インプロヴィゼーションの一種だった。言ってみれば、正統派のクラシックの大ピアニストが、気軽に引いたジャズ風の即興演奏で賞をもらったようなものだったんですね。
バーディーンはそこで止まるようなことはしなかった。素敵な男だと思うんですこの人、私は。あるがままの目の前を見据え、以前からの性急な計画とずれてもキリキリしたり飽きて放り投げたりせず、過不足なく粘ってしっかり結果を出す。
私自身、ここ20~30年ほど、そういう仕事の仕方でいくつか魚を釣り上げることができたように思いますが、その直接の手本は10代後半に知ったジョン・バーディーンとリチャード・ファインマンの「仕事術」がヒントになっています。
決して投げ出さない。どんな状況でも7つの最良手を考えて、逆境を最高の条件に読み替えて難局から一挙に逆転する・・・絵に描いたような話ですが、実のところ、けっこう多くの局面で、この種のことが可能と痛感することがありました。
事実は明らかに小説より奇なり。そして現実にバーディーンは次のノーベル賞もしっかりと撃ち落としちゃうんですね、今度は本当に正面から、「超伝導の現象理論の確立」という大横綱相撲で。