ヒトの身体の弱体化と脳の肥大活性化
様々な調理方法が次第に消化機能の一部を代行するようになるにつれ、ヒトの消化器系の遺伝子にかかる選択圧が変化していった。加熱調理のような技法を用いることで、食物から得られるエネルギーが増えるとともに、消化や解毒が容易になった。その結果、自然選択の作用を受けて、脳に続いて二番目に大きい消化器系組織がが小さくなり、こうした組織の病気も減ってかなりのエネルギーを節約できるようになった。文化進化の産物である消化機能の外部化によるエネルギーの節約こそが、ヒトの脳容積の飛躍的拡大を可能にした諸要因の一つなのである。
蓄積的な文化進化によって、剣、槍、斧、わな、投槍器(アストラル)、毒薬、衣類など、優れた道具や武器などが生み出されるにつれて、こうした文化の産物で変化した環境に対応する形で遺伝子に変化が起こり、ヒトの身体は次第にひ弱になっていった。
代々継承されてきた自然界に対する知識や、道具類、そして調理技術のおかげで、人類の祖先は他の種よりもはるかに少ない時間と労力で、高エネルギーの食事を摂取することが可能となった。これは人類の脳の拡大にとって決定的に重要なことだった。
まず大きな脳はやたらとエネルギーを消費する。ヒトの脳は一日のエネルギーの20~25%をつかってしまう(他の霊長類の脳は8~10%、他の哺乳類の脳は3~5%にすぎない)。さらに厄介なことに、脳は筋肉と違い、操業を停止してエネルギーを節約することができない。休止状態の脳を維持するのにも、活動中とほぼ同じだけのエネルギーが必要なのだ。
ジョセフ・ヘンリック著今西康子訳『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と<文化ー遺伝子革命>』